秋田からハバロフスクへの飛行機

現在は秋田からハバロフスクへの直行便はネットでは見つかりません。
無視して探すと秋田から羽田そしてソウル経由でハバロフクス便が見つかりましたがお値段が高すぎます。
先ほど秋田ではなく青森ではなかったでしょうか?と指摘を受けました。
何年か前までは夏の季節には直行便があり安い値段でした。

何故、秋田からハバロフクスへ飛ぶのか不思議でしたがあることを思い出しました。シベリア抑留問題です。シベリア抑留者の多くは満州で抑留された兵隊さん、確か関東軍の兵隊さんが多かったようですが関東軍の出身者の多くは東北の人達だったはずです。いままでお二人のシベリア抑留経験者の話を聞いたことがあります。
お一人は秋田出身、もう一人は私の友人のお父さんで青森出身の人でした。

戦後に解放されて帰国されてるのですがシベリアにもう一度行きたい、と本人から話を伺ったことがります。言葉にはならない抑留生活を何故、思い出して実際に生活してた場所をもう一度見たいと考えられたのか理解できませんでした。

お父さんの話を聞いて育った息子(私の友人)も小さなころから抑留生活の話を聞かされ大きくなったら親父が体験したロシアに行ってみたいと何回か言われたことがあります。

過酷なシベリア抑留体験は何だったのでしょうか。私は今でも理解できませんし多くの方がすでに亡くなってるので秋田からハバロフスクへの直行便はいつの間にか終焉を迎えています。

シベリア抑留は日本軍だけでなくウクライナ人、ドイツ人そしてルーマニア人も含まれてました。当時のロシアの敵国ですね。ヨーロッパで捕虜になり遠くシベリアまで送られたようです。

そんな抑留生活の中で日本男性とウクライナ女性との出会いも会ったそうですがその二人は結ばれることはなありませんでした。日本に帰国した男性・・・時が過ぎてその方の息子がロシア女性と結婚すると告げられた時に本人の抑留生活時代の話、本当はウクライナ女性と結婚したかったけど出来なかったという話を聞かされお父さんは息子のロシア人との結婚を喜んでくれたそうです。
(これは会話倶楽部で実際の会員さんの話です)。