結婚というのはその国の習慣や伝統に沿って同じ言語を話す男女が結ばれるのが今までの世界の風潮でした。
明治6年(1873年)日本政府は3月14日を国際結婚の日と定めてますが休日にはなってません。この日以降日本では外国人との結婚が公式に認められた日です。この時期、明治時代に国際結婚をした有名人は新渡戸稲造、青山光子、勝小鹿(勝海舟の息子)がいます。
*青山光子に関してはほとんどの日本人は知らない人と思いますが欧米人にはミツコという名前は記憶しやすい名前のようです。有名な香水にも彼女の名前からついたものがあります。
当時は日本では国際結婚は大変な騒ぎで、回りの不理解に気苦労もあり、またかりに認められているといってもネガティブな差別に苦しんだ面もあったようです。その時と今を比べると120年経っても明治時代の感覚の日本人は変わってないようです。
日本は島国という諸外国と直接国境を接してない地理的事情から国境を接してる国の人とは違う感覚が日本人以外の人に抵抗感を感じたり憧れたりする不思議な国民性を育成してるようです。日本で見かける日本人以外の人を外国人と差別して呼ぶのが日本人のDNAなのでしょうか。異文化人には垣根(国境)を自然と作る振る舞いは国境がない国で育った影響と思います。その為い文化人を自分とは異なる人と最初から決め付ける日本人はどんな人なのでしょうか?
国境を他国と陸路で結ばれてる国で育った人は日本人と違いその人達を外国人とは呼びません。ちゃんとその人の国名で呼んだり気にしない人が普通ではないでしょうか?
日本はアジアの国の中では国際結婚に参加するのが遅れた国だと思います。
そんな環境の中で1980年頃から日本で結婚できない男性が経済水準が低い国の女性と結婚する傾向が高くなってきました。特に農村や漁村では日本女性が結婚のターゲットから外したため深刻な嫁不足を解消するために自治体などが中心になって無理な国際結婚を推し進めた結果はどうなったのかは周知の事実です。日本は経済力が高いからという結婚=お金という恥ずかしい勘違いが今の日本にも大きな悪影響をのこしてる事に対してそのような結婚を進めた関係者は責任があると思いますがそのような責任論の話は聞いたことがありません。とにかく結婚すればOKと関係者の人たちは考えたのでしょう。相手に対する思いやりは日本人が考える結婚には関係ないのでしょうか。相手の経済力が低いから(貧乏だから)裕福な日本に憧れる女性は結婚してくれるという超単純な男性の考え、これは結婚ではないし結婚勘という初期レベルにも達してません。
最近は中国女性や日本人が考える経済水準の低い国の人との結婚は激減してます。理由は経済水準が低いと日本人が考えてる国が新興国となり貧しさを感じない人が増えてるからです。それを理解しないと単純な経済格差だけでは異文化人とは結婚できません。それに気がついて来た日本人は成長したのでしょう。
お隣の韓国は日本の二の舞を驀進中のようです。経済では日本に迫ってますが国際感覚の一つ、韓国の結婚事情を知ると本当の文明国と呼ばれるまで後何年かかるのでしょうか?それが日本に追いつかないと韓国が日本を越える可能性はないと私は感じてます。世界に通用しない国際感覚を無視した異文化人との結婚を続けるようでは世界は認めてくれません。